ＭＯＫＩ村の世界

ハリー・ベリーの妻ローテは、毎年クリスマスになると古いスノードームを取り出して、遠い過去の思い出に浸ります。
庭ではハリーと娘のベリイが雪遊びに大はしゃぎです。
そう、まるで昔の自分とユンカーズのように・・・。

３０年前、彼女はユンカーズという人間の女の子に与えられたクマのぬいぐるみでした。
今ではすっかり黒ずんで、わずかに耳と手足の先に名残をとどめる程度ですが、当時はばら色だった体毛にちなんで、ローテと名づけられたのです。
ユンカーズはどこへ行くにもローテといっしょでした。
遊ぶ時や寝床に着くときだけでなく、学校へも持って行こうとするので、大人たちは彼女からローテを引き離すのに大変な苦労をしたものです。
かように愛されたローテは、いつのまにかぬいぐるみでありながら魂を持つようになっていました。
季節が巡り、机の上の特等席に置いたローテを話し相手として過ごした少女期が終わると、やがてユンカーズは外の世界へ旅立って行きました。
そして、ローテはクリスマスプレゼントにもらったユンカーズ手製のスノードームと共に箱に入れられ、クローゼットの奥にしまいこまれたのです。
ローテは一人ぼっちでずっとユンカーズの事を思っていましたが、恨みも悲しみも感じませんでした。
彼女を深く愛していましたし、いつかきっと迎えに来てくれると信じていたからなのです。
長い長い時が過ぎ、あるクリスマスの朝に奇跡が起きました。
いきなり箱の蓋が開けられ、眩しい光とともに懐かしいユンカーズの声が聞こえてくるではありませんか！
「久しぶりね、ローテ！」
力いっぱい抱きしめてくる彼女の顔を見上げると、大粒の涙がこぼれ落ちてローテのビーズ玉の瞳に降り注いできました。
それからしばらくの間、ユンカーズはこれまでの出来事をあれこれ話してくれたのですが、階下から迎えの車が来たことを知らされると、再びローテを箱に入れどこか遠くへ行ってしまったのでした。
果てしない暗闇の中で、ローテは祈りました。
「神様、私の魂を御許にお召しくださいませ。」
彼女の心は、もはやこれ以上の孤独に耐えることが出来なかったのです。
すると、狭い箱の中に突然亀裂が走り、一筋の光がさしこんできました。
その光の方へ手を伸ばしたローテは、何か強い力に引っ張られたかと思うまもなく遠くにほうり出されて、気を失ってしまったのでした。

気がつくと、ローテはＭＯＫＩ村にあるハリー・ベリーの家の暖かなベッドに横たわっていました。
後から聞いた話では、あやかしの森で行き倒れになっていたところをドン・クリスチャンセンが発見し、ハリーが身元引受人となり、介抱してくれたということです。
ローテはそれまでの事は全部夢だったのかといぶかりましたが、サイドテーブルに置かれたスノー・ドームを見て、ユンカーズの家で暮らした２５年という日々が、すべて現実であったと再認識するとともに、もう二度と彼女に会えない寂しさに、声をあげていつまでも泣き続けるのでした。

その後、ハリーと結婚して子供を授かり、村でも評判の暖かい家庭を築き上げたローテですが、時折見せる遠い眼差しは、別世界にいる友を思ってのことなのでしょう。